ボサノバ豆知識

 

みなさんこんにちは。長らくお待たせいたしました。ボサノバ豆知識です。
このコーナーでは、僕たちが知っているボサノバに関する知識をざっくばらんに紹介していきたいと思います。
ご意見・ご感想・ダメだし等、どしどしお寄せ下さい。

Vol.1

 そもそもボサノバ(bossa nova)という言葉はポルトガル語で、辞書を引いてみると“新しい傾向”と訳されるようです。まあ、意味合い的には、いわゆる“ニューウェーブ”といった感じなのではないでしょうか。1950年代あたりにブラジルのリオデジャネイロで流行語として使われていたようです。ちょうどその頃に、ギターをつま弾きながら囁くように唄う新しいスタイルの音楽がリオデジャネイロで生まれました。当然、その音楽はボサノバ(Bossa Nova)と名付けられたのです。
 
 ここで、ボサノバの生みの親の一人であると言われているジョアン・ジルベルト(Joao Gilberto)について少しお話ししたいと思います。彼は若い頃、リオのとあるコーラスグループ(名前は忘れました)に入っていました。よく透る声とうたの上手さが有名だったようです。しかし、人間的にちょっといい加減だったのが災いしてか、そのグループをクビになったか辞めたかして、ひとまずリオを去ることになります。自分の家を持たず、友人の家を転々と居候していた彼が従兄弟の家に引き取られます。それからの彼はただひたすらギターを弾いて暮らしていました。最終的に、お風呂場という絶好の音響効果を持つ場所を発見した彼は、従兄弟家族が本気で心配するほどお風呂場に閉じこもり続けた末に、ギターをつま弾きながら囁くように唄うという全く新しい奏法を発明したのです。
 
 その新しい奏法をひっさげて再びリオに現れた彼は、友人知人にその奏法を披露して回りました。そんな時に、ちょうど新しいスタイルを求めて試行錯誤していたアントニオ・カルロス・ジョビン(Antonio Carlos Jobim)と出会う事になるのです。そして、1958年にヴィニシウス・ジ・モライス(Vinicius De Moraes)作詞、ジョビン作曲の、“シェガ・ジ・サウダージ(Chega De Saudade)”がレコーディングされる事になります。あっという間にリオっ子の心を魅了してしまったこの曲は、後に世界中でカバーされます。アメリカでは“No More Bluse”、日本では“想いあふれて”というタイトルに訳され、ボサノバの歴史の出発点となったのです。
 
 さて、“シェガ・ジ・サウダージ”を聴いた事がある方にも、そうでない方にも、お勧めのアルバムがあります。ジョアン・ジルベルトの最新作、カエターノ・ヴェローゾ(Caetano Veloso)プロデュースの“Joao voz e violao”です。もちろん、お話しした1958年のテイクは素晴らしい事に間違いないのですが、42年たった今でも現役で頑張っている彼が、7年ぶりに出した新譜にもこの曲が収められているのです。輸入盤しか売られていないようですが、是非、聴いてみて下さい。

2000/2/15


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